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グローバルには止まりません

 電車に乗っていた時の事。

 停車駅に停まり、車輌のドアが開き、降車する乗客が一斉に降りていく。夜も遅い時間だったせいか乗車する人は居なかった。

 車内のアナウンスでその路線は単線で、行違いの列車を待つため、4分ほど停車する旨が告げられるのを、ただぼんやりと、聞くとはなしに聞いていた。

「行違いの列車を待つため、4分ほど停車いたします。この列車は快速列車です。グローバルには停車しませんのでご注意ください」

 ああ、そうか、ローカル線だもんな。グローバルには停車しないのも仕方ない。

 あまりにもぼんやりし過ぎていたのか、そんな風に納得してしまった。今冷静に考えると、ぼんやりしている癖に妙に物分かりが良いような気もするが、兎に角その時の自分には有無を言わさぬ説得力があるように感じた。

 そう言えば以前、違う路線に乗っていたときにも、こんな事があった。

「本日はご乗車ありがとうございます。この列車は○○線、□□行きです。運転手は君だ、車掌は僕だです」

 思わず童謡か、とツッコミを入れてしまった後で、いやいやそんな訳ないだろうと自分にもツッコミを入れてしまった。

 事の真相を確かめるべく、次の停車駅から発車した後のアナウンスに集中すると、恐らく該当の部分は次のようだった。

「運転手はイイダ、車掌はオクダです」

 漢字はわからないが、恐らく飯田さんと奥田さんなのではないだろうか。

 電車が動く音や、車内の乗客の声等に加えて、くぐもって聞こえるマイクとスピーカーのせいもあるのだろう。聞き間違いは往々にして起こるものだ。

 冬のピンと張り詰めた空気が開いたホーム側のドアから車内に流れ込んできて、ブレーキのエアが抜けるシュウシュウという音や、発動機のアイドリングのドルドルという音の中でスピーカーから流れてくる車掌の声は、駅員さん特有の独特のリズム感で告げる。

「この列車は快速列車です。グローバルには停車しませんのでご注意下さい」

 やっぱりグローバルにしか聞こえなかった。

 まぁ、この際グローバルに止まらないことは問題ないだろう。僕が帰りつく先も決してグローバルではない田舎町の小さな駅なのだから。