来年の話をして鬼を笑わせる

 諺に「来年の話をすると鬼が笑う」というものがある。先がどうなるのかもわからないのに未来の話をしても仕方がない、鬼でさえ笑ってしまうほど能天気だな、と未来の事を話す人をからかう言葉だ。

 さて先日、職場で体調が悪い日が続いた際、病院が嫌いで頑なに病院へ行かない僕に職場の人が「一度病院で診て貰った方が良いんじゃないですか? 重大な病気だと大変ですし」と言った。それに対して僕は、「そうなったら潔く死にます」と答えた。

「将来の展望もないし、給料が上がるわけでもない。何か楽しい事が待っているわけでもなく、人生は辛く、望みは叶わず、長生が罰にしか感じられないから、明日死にますと言われても、そんなもんかとしか思えそうにないです」

 等と宣い、職場の人が割と引いていたし、冷静に活字で読むとこいつは相当拗らせてるなと思わなくもない。

 未来についてはどうなるかわからない。腹の底から好きになれた人と交際して、結婚も考えていたのにふられてしまう事もあるし、どうしてもしたかった仕事に何とか就けても、雇用条件や人間関係が合わずに辞めてしまう事もある。

 捕らぬ狸の皮算用と言うように、先の事はその時にならなければわからず、夢物語、机上の空論でしかない。強面の鬼でさえ笑ってしまうほどなのだと、昔の人も思っていたのだろう。

 しかし、先述のように、僕には将来の展望もないし、これから先の未来が明るく思えないが故に、色々と拗らせてしまっている奴もいるのだ。それなら、鬼と一緒に未来の話で大いに笑った方が楽しいし、明るく生きていけるじゃないか、とそう思うことができたらまた少し言葉の意味が変わってくる。

「来年はさ、何か新しいことに挑戦しようと思うんだ。ほら、例えばジムに通うとか」

 そんな事を言うと、傍らでそれを聞いていた鬼がこう言う。

「おいおい、まだ1月だってぇのにもう来年の話してんのかい? 明日から本気出すってレベルじゃぁねえな、こりゃ」

 あっはっはっはっは。

 馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいけど、その馬鹿馬鹿しさの分だけ楽しくなる。

 例えば、こうだ。

「来年はさ、転職しようと思うんだ」

「そうかい、そうかい。お前さん、もうすぐ三十路だもんな。早くしねぇと路頭に迷っちまうもんなぁ」

 他にも、こうでも良い。

「来年の今頃、何をしてるんだろうね」

「あっはっはっはっは、お前さんはせっかちだなぁ。一々そんな事考えなくても、来年の今頃は神妙な顔で「去年の今頃は何してたっけ?」とか言ってるだろうよ」

 段々楽しくなってくると、今度はこの鬼を意図的に笑わせてやりたくなる。どうだ、面白かろう? と、未来の話を自分からしてやりたくなる。

 先の事は誰にもわからない。その時が来るまで待つしかない。それなら、深刻な顔で胃に穴を開けるほど悩んだりするよりは、鬼と一緒にあっはっはっはっはと笑っていた方が絶対に楽しいはずだ。