最後の一ページについての考察

 最近、全五巻からなるシリーズ物の本を読み切った。読了後、読み切ったというたっぷりの満足感と、決して短くはない時間を共にした物語とお別れをしてしまう事に対する若干の寂しさを覚えてしまう。

 著者の別の作品が好きで、登場するキャラクター達も魅力的で、出来ればいつまでも読んで居たいという思いがある。それが一抹の寂しさというのであれば、そうなんだろう。

 で、ここからが問題。

 最後の数ページが読めない。

 ストーリーの大筋も終わって、あとはほんの少しの後日談。それぞれのキャラクター達が物語の結の後どうなったかが少しだけ明かされる、そんな著者のちょっとしたサービスの部分。それが読めない。

 ページを進めたら物語が終わってしまう。出来ればずっと浸っていたいのに、終わりの秒読みになってしまう。

 それは例えば、遠方から遥々来てくれた友人が滞在を終えて帰ってしまうのを見送るような、そんな心理なのかもしれない。

 物語に浸りたければ、また本を開けばいい。

 それだけの事なのに、終わってしまうのが惜しくて進めない。ページを捲る手が何度も止まってしまう。もう読んだ部分を何度も読み返してしまう。

 それこそ著者への裏切り、冒涜、謀反、反逆に等しい行為で、他にも積みっぱなしの本がちょっとした小山を成しているのだから、読み終わってスッキリすればいいのに。

 なんて葛藤をしながら、好物の料理をゆっくり噛み締めて味わうように時間を掛けに掛けてやっと読破した。

 後に残ったのは上で書いた様に、たっぷりの満足感と、若干の寂しさ。その若干の寂しさが自分の中では割と重要なものになってっしまっているんだなと、何となく思う。

 

 さて、少し立ち位置が変わって、こうしてブログの記事を書いている自分が居る。一応、著者としてもいいだろうし、ブログ以外にも何らかの文章なり物語をちまちまと誰に見せるわけでもないのに書いている。

 で、やっぱり問題。

 ラストシーンが書けない。

 思いつかない、ではなくて、書けない。構想はあり、メモもあり、ネタも十分にある。でも、完結させられない。

 なぜなら、惜しいから。

 もっと登場人物たちと遊んでいたい。そういう思いが強くあるんだなぁ、と、何となく思う。

 もっと遊びたいなら、続きを書けばいい。続編として、ネタが尽きてもう何もできなくなるくらいまで書けばいい。別にそれで商売をしている訳でもないのだから。

 そう思ってはいるものの、その物語を書いている時間がとても楽しくて、ずっと書いていたいと思ってしまう自分が居る。

 

 結局の所、寂しいんだなと、そんな結論に辿り着いてしまう。

 その寂しさが克服できない限り、僕は次に進めない。そんな気がしてしまう。

 せっかく物語を書いているんだから、どんどん「めでたしめでたし」を重ねていこう。なんて前向きになるためには、まず目の前の物語から「めでたしめでたし」を書いていかなければならない。

 終わらせたくないために、九割以上出来上がっていたのに白紙に戻して一から書き直し始めた物語だもの。

 

 本を読み終えたあとの興奮で、ただ好きという気持ちだけを叩きつけたラブレターのような文章を書いてしまった。

 これは自分への色々な意味での戒めとするために、ここにこうして残しておこうと思う。

 もし同じような事を考えた事がある人がいたら、さぞ恥ずかしいと思うけれど、ご容赦ください。